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今回のサスカチュワン小旅行の最終日。

結局黒猫を一度も見かける事の無いまま、ライオン・ヘアカットの可愛いホステス、シュレッダーちゃんに別れを告げて、
シュレッダー
(窓の外の小鳥に夢中のシュレッダーちゃん、夕べのベタ甘えぶりが別猫のようにシレッとしています。)

サスカトゥーンから45分程北へドライブしてバトッシュ国立歴史史跡(Batoche National Historic Site)へ向かう。

バトッシュ
サイト・マップ。
エリア1: 案内所
エリア2: 教会
エリア3: カナダ軍野営地
エリア4: 旧バトッシュ村
そして、川はサウス・サスカチュワン・リバー。

バトッシュは、マニトバを追われたメィティ達が新たな定住の場として開拓した村。
目の前のサウス・サスカチュワン・リバーの向かいには、ハドソン・ベイ・カンパニーが建てた毛皮の交易所であるフォート・カールトン(Fort Carlton)がある。
1872年、メィティの商人ザヴィエ・ルタンドレ(Xavier Letendre)はここでフェリー・サービスを始め、その後商店などのビジネスを広げて行く。彼のビジネスは成功し、村は1200人の人口を誇る北西部の商業の中心地として栄えた。そしてザヴィエのニックネームから、バトッシュ(Batoche)と呼ばれるようになる。

しかしカナダ政府がマニトバに続き、再び土地分配法をイギリス式にしたことや、メィティに対する尊重に欠けていたことなどから不満は高まり、かつてマニトバの反乱を率いて敗北、モンタナに潜んでいたリーダー、ルイ・リエルを呼び寄せ、1885年リエルの元再び決起する。(『1885年のカナダ北西部の反乱』簡単な概要はこちらの過去記事で。)
メィティ軍は、1885年の3月にダック・レイクで北西部騎馬警察隊を攻撃、勝利。翌月4月、フィッシュ・クリークではカナダ軍援軍と対決、五分五分の戦いの後、カナダ軍はバトッシュ入りする。
5月、800人以上のカナダ軍に対し、300人以下のルイ・リエル指揮下のメィティ軍は、必死の攻防の末敗北。ルイ・リエル自らカナダ軍へ投降し反乱は終結した。4日間の戦闘の末、亡くなった人の数は25名以上だった。

戦闘後、村はほぼ壊滅。その後再建されたが、『反逆者』のレッテルを貼られたメィティたちのビジネスは苦戦、かつての繁栄を取り戻すことは出来なかったようだ。カナダ・パシフィック鉄道は、新しい移民エリア(レジャイナ方面)へ鉄道を通すことにし、最終的にバトッシュの住民は新たな住居を求めて西や北へ散らばっていった。


バトッシュ
バトッシュ国立歴史史跡の中は広く、主に草原地帯。そしてオリジナルの建物は3つしか残されていない。


バトッシュ
そのうちの一つ、エリア2にあるカトリック教会。


バトッシュ
教会の中は、質素ながら奇麗に飾られている。1800年当時からのオリジナルの絵も。


バトッシュ
こちらは神父の家。
この建物が先に立ち、教会は後から建てられた。入り口側の2階付近の外壁に、1885年の戦いの際に打ち込まれた弾丸の跡が、いくつか残っている。


バトッシュ
この家は、教会が建てられる前には教会として、それから学校、更に郵便局の役目も果たしていた。


教会と神父の家は、案内人付きでのみ見学出来る。
バトッシュ
案内人はお客さんが来ると最初に教会、そして神父の家に連れていってくれるが、時間割りが無いので、新しいお客さんがコンスタントに来ると休み無く2軒を行ったり来たり。
案内のおじさんはメィティの方で、確かこの家の学校で教師をしていた人の子孫だと言っていた。


教会の後は、近くにある墓地へ。
バトッシュ
この墓地はカナダの史跡ではなく、現在もメィティ・コミュニティーの管理下にある。

立ち入りは自由。
バトッシュ
1885年の戦いで亡くなったメィティ兵士の集団墓地。


墓地見学の後、少し遊歩道を歩く。
バトッシュ
ちらっと見えているのは、サウス・サスカチュワン・リバー。


さて、エリア4の旧バトッシュ村へは歩いても行けるが、近くに別の駐車場もあるので、車で行って見た。
バトッシュ
かつてメイン通りだった道に沿って、建物の基礎や地下室だったらしい名残のみが残されている。


バトッシュ
1885年の戦い直後のバタッシュ村。戦で大分焼かれてしまったというが、せめてこれらの建物だけでも残されていたら良かったのに。メンテナンスは大変でしょうが、このサイトがより魅力的になったはず。
建物がすぐに取り壊された理由は、新しく建てる家の建築材として再利用していたため。


バトッシュ
旧バトッシュ村のメイン通りから、サウス・サスカチュワン・リバーへ降りる道は林の間に今も残っている。
ここを、荷馬車が行ったり来たりしていた。


バトッシュ
林の道を降りて行くと、川沿いの旧船着き場へ出る。現在は少し広くなっているだけで何も残っていないが、少し北へ行ったあたりに、今もフォート・カールトンへ渡るフェリー・サービスがあるらしい。

時間がなかったので多分行かなかったとは思うが、この夏の長雨で川が氾濫し、フォート・カールトンは閉鎖中だった。


そして、バトッシュ国立歴史史跡で予定よりも時間を取ってしまったので遅くなったものの、
エドモントン
日没ギリギリの9時半、なんとかエドモントンへ到着。



帰宅して以来、エドモントンもようやく随分夏らしくなりました。

たった2泊3日なのに、留守から帰るといつも野菜が急成長して見える。
今回も、翌日には沢山の野菜を収穫できました。
野菜


旅行記にお付き合いいただき、ありがとうございました!
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││06/23 18:19│編集
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