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ブダペスト滞在最終日は、マルギット島(英:マーガレット島)へ行ったみた。
私たちが夕方にはブダペストを発つためか、この日は当然の様に朝から晴れ。しかも訪問以来最も暖かい日となった。


マルギット島
ドナウ川の真ん中に浮かぶ、長さ2.5kmの中州の島。
ドナウ川と島を挟んで、地図の左がブダ、右がペスト。


IMG_4366772.jpg
島の南側のマルギット橋から歩いて島へ向かう。


ブダペスト
橋の上からは、ブダ城地区(道を渡れなかったので、遠目ですが)の旧市街のある丘の風景や、


ブダペスト
前日観光したペスト側(ダウンタウン)の建物がよく見えます。


ブダペスト
なんだか代々木公園みたいな感じですが、この島には屋外コンサート場やホテル、スポーツ設備などの施設もあるようです。


更に、
ブダペスト
水鳥が沢山の小さな動物園で、


ブダペスト
オスのクジャクが羽を広げてメスの気を惹く姿にも遭遇。


そして、私が特にこの島に来てみたいと思ったきっかけである、
IMG_438372.jpg
12世紀から16世紀のフランシスコ会、ドミニコ会の教会や女子修道院などの遺跡。


IMG_438672.jpg
殆ど基礎部分しか残っていないけれど、修復補強もされていて、自由に歩き回って見ることができます。


IMG_438872_20130508002726.jpg
ここが多分教会の部分でしょう。奥に見えるのが、祭壇跡らしい。



ところで、この島は散策するにはとても良いと思うが、”ちょっと休んでお茶でも”と思っても何も無いし、公衆トイレ(有料)も一カ所にしかないのでは?という状態で、それが少々残念でした。ホテルへ行けば良かったのかな〜?


さて、これでハンガリー旅行記は終わりですが、実はブダペストからエドモントンへ帰宅したのではなくて、ひと月ほど日本へ帰国しておりました。
寒い寒いブダペストを発つ日、晴れて暖かくなりつつあったと先に書きましたが、4月2日に日本到着でさぞかし暖かいだろうと期待していたのに、成田に着いたら”雨”しかも、寒い!
暖かい日もあったけれど、滞在中は結構寒い日が多くて、時々ウールのジャケット着込む程。
でも私たちが到着する前の3月はとても暖かくて、桜も満開(だったそうで)、2日には東京は結構散ってしまっていました。
どうもエドモントンを出発以来、寒さに取り憑かれていたようです。



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再び少々間があいてしまいました。
エドモントンに帰宅して1週間経ったわけですが、帰宅時に10度そこそこ、翌日は雪、その後も5度あるかないかという寒さだったのに、ちょっと2日ばかり気温が上がって来たなと思ったら、昨日から突然夏になっちゃいました。30度くらいはあったかな。今日も30度、場所によっては31度のところも。日射しは強くカンカン暑いけれど、風が強く湿度が低いため、爽やかです。
この暑さで、我が屋の木は一本だけ大分芽吹いてきましたが、外の景色はまだ殆どが枯れ木。こんなに暑いのに...妙な感じです。でも明日はまたぐっと下がって14〜15度の予報。最近やけに気温の上り下がりが激しいと思う。

という訳で、後手後手の旅行記事の続きを。


デブレッチェンでの夫のグループ展の展示とオープニングを終え、再びブダペストへ。
行きにブダ城(王宮の丘)地区の観光をしたので、帰りはダウンタウンのあるペスト側にしてみた。

到着以来3日に渡って雪、その後もひたすら寒くてお天気の悪かったデブレッチェン、私たちが去る当日初めて朝から晴れて暖かくなりそうだった。この分ならブダペストもお天気は上々かも!と期待し、列車の旅を終え駅に着くと...雨だった。しかも、1週間以上も前の滞在時と少しも変わらない寒さ!
ハンガリーに来て9日目、デブレッチェン出発の朝以外、太陽を見ていない...。


ブダペスト
ペスト側、ダウンタウンの街並。結構古いビルが、良い感じで並んでいます。
しかしやはり経済状態が良いわけではないせいか、見捨てられたようなビルもあり。


ブダペスト
こんな立派な建物も、ガラスが割れたりして、使われていなさそう。


ブダペスト
さてそんな通りの並木道を通って辿り着いたのは、


ブダペスト
英雄広場(Hősök tere)。


ブダペスト
ハンガリーの王様や政治家など、英雄と称する人々の立派な像が立ち並んでいますが、どんな像があるかは、こちらを参照
真ん中のひと際高い柱の上に、大天使ガブリエルも。他にも実在の人物以外の像もいくつかあります。


ブダペスト
英雄広場に入って右側にある、ブダペスト現代美術館。ぜひ見たかったのだが、残念ながら休館。


仕方が無いので、現代美術館の向かい側にある第2候補のブダペスト国立西洋美術館(Szépművészeti Múzeum)
ブダペスト
古代エジプト美術、13世紀から18世紀の西洋絵画、彫刻、19世紀以降の絵画等を収蔵。
結構広いです。現代美術の展示は地下の割と小さいスペースにあり。
また、この時観た企画展は、19世紀に活躍したフランスの有名な画家で風刺漫画家オノレ・ドーミエの、600点近くに及ぶドローイングとリトグラフの版画作品展。


ところでこの西洋美術館の数ある展示室の内の一室に入った瞬間、これまですっかり忘れていた学生時代にブダペストに来たときの記憶がよみがえった。この美術館には来たことがあるよっ!と。
飾ってある絵画で思い出したのではなくて、展示室の形で、その部屋に足を踏み入れた瞬間に記憶が流れ出た。とても不思議な感覚。
それで全部思い出したかというと、そうではなく、その部屋しか思い出せないというのがまた不思議だった。余程印象的な部屋だったんだろう。


英雄広場の奥にはとても広い公園があり、そこにはお城なんかもあるのだが、時間切れで断念。
それはそうと、広場へ行く途中の町中に、こんな建物が。
ブダペスト
『恐怖の館』(House of Terror)。といってもお化け屋敷ではなくて、共産主義自体の恐怖政治の歴史についての博物館。時間無くて入らなかったけれど、観た人の評価は上々のよう。展示は殆どハンガリー語らしいが、1月にワシントンDCで米国国立ホロコースト記念博物館へ行った身としては、こちらを逃したのはとても残念。


ブダペスト
そんな『恐怖の館』の前には、ベルリンの壁の一部や、


ブダペスト
ヨーロッパの冷戦時代の緊張状態を表した言葉である鉄のカーテン(Iron Curtain)を表現したモニュメントなどが何気に置かれている。



さて、明日はいよいよハンガリー観光記最終回となります。
明日もどうぞご訪問くださいませ〜。

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ブダペスト1日観光の翌日、今回の旅行の目的地であるデブレッチェンへ。
ヨーロッパと言えば、列車の旅。


デブレッチェン
なんだかとっても時代を感じる電車。
ブダペストから東へ220kmの位置にあるデブレッチェンまで、この電車で揺られることおよそ3時間。


デブレッチェン
窓の外はアルバータかと思う程、妙に見慣れた風景が続く。


デブレッチェン
そして、デブレッチェンに到着。
街のメイン通りにある、黄色いグレート教会が非常に目立っている。


デブレッチェン
奇麗な広場です。
デブレッチェンは、ハンガリーで2番目に大きな都市とのことだが、第1都市で首都であるブダペストと比べると規模の差が歴然としている。歩いてみると確かにそこそこ大きな街だが、この写真だと人が居ない上にどんよりと暗いため、余計に寂しい感じに見える。


デブレッチェン
しかし夏はとても奇麗なのだろうな、というのが想像できます。


デブレッチェン
3月25日。メイン通りの広場ですが、寒い、暗い、人居な〜い!


デブレッチェン
でも、建物などとても奇麗です。


デブレッチェン
ちょっと横道に入っても、奇麗だし、


デブレッチェン
宿泊先のホテルも可愛い感じでした。


そして、こちらは『モデム』こと、デブレッチェン近代現代美術センター(MODEM Centre for Modern and Contemporary Arts)、今回の旅行の目的地。
デブレッチェン


現在モデムで開催中の展覧会、『ザ・ニュー・ワールド:カナダ現代版画展』に、夫が参加しているため、その展示作業とオープニングのためにやってきたのでした。

この続きは、また明日〜。


本日も、ご訪問いただき、ありがとうございました。
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お久しぶりです。

先月、『ブダペストに到着』と記事を書いてから更新出来ないままひと月以上も経ってしまい、初めてスポンサー・サイトが出てしまいました〜!
別に、ブダペストで殺害されたとかいう訳ではありませんので、ご安心を。単に落ち着いてブログ書く時間がなかった訳ですが、その訳は後々簡単に触れたいと思います。別にたいした訳でもありませんが...。

で、復活の記事は、後手後手だけれど折角なので、ブタペスト観光記から。
といっても、もう大分新鮮な記憶が薄れつつあるので、写真と共にさらさらと書いていこうと思います。


前回の記事で、”ブダペストはドナウ川を挟んでかつてブダとペストという二つの街だったのが合体した都市”と書きましたが、ブダペスト観光1日しか無かったので、今回はブダ観光のみ。
ブダペスト
ブダ城地区(王宮の丘)界隈は、昼は観光客で賑わい、夜はひっそり。
3月も半ば過ぎというのに非常に寒いため、夏に比べるとかなり空いているはず。午前中は割と静か。


ブダペスト
夜景を撮影したマーチャーシュ聖堂(Mátyás-templom)、反対側から昼間の光で再撮影。
塔が欠けました。


ブダペスト
王宮の丘から、ブダ市街を望む。


ブダペスト
現在発掘中の王宮の遺跡。
ブダ王宮は13世紀のモンゴルの侵略や17世紀のオスマン帝国による攻撃の後も、火災や戦争で破壊されているが、その都度増改築されてきた。建物の地下や発掘されている基礎からも、その深い歴史が伺える。


ブダペスト
何度破壊されてもこの丘に城を建て直す。この丘がいかに大切であったかが良くわかります。


ブダペスト
王宮でも人気の観光地の1つ、ハンガリー国立美術館(Magyar Nemzeti Galéria)ブダペスト歴史博物館(Budapesti Torteneti Muzeum)へ向かう。
ハンガリー国立美術館では、ハンガリーの美術を、中世から20世紀以降に渡るコレクションで紹介。企画展示もあり。入館料は常設企画合わせて、大人一人2400HUF、館内写真撮影は500HUF、ビデオ撮影は1000HUF 等々。


ブダペスト歴史博物館では、ブダペストのと王宮の歴史などを学ぶことが出来る。ゴシック彫刻や中世の王宮建築の基礎なども見ることが出来ます。入館料はウェブサイトで大人一人1500HUFとなっているが、1800HUF払った。写真撮影はここでも別料金。
ブダペスト
博物館中庭。


ブダペスト
この博物館は昔の建物の一部が分かる地下室が、特に面白いと思う。


ブダペスト
博物館からの眺め。


ブダペスト
上の写真のオレンジの屋根の見張り台にも行けるようになっていて、こんな感じ。


ブダペスト
王宮の丘、ブダ城地区はどこも石畳。見栄えは良いが、とにかく歩いて回る人は、底の薄い靴だと足が痛くなる。


それから、ブダペストでもう1つ有名なのが温泉。
ブダペスト
温泉には入らずに、建物見に行っただけですが...ゲレールト・ホテル、温泉私設の入り口。この入り口付近で、温泉の説明をしてくれるお兄さんが張っていますが、この人はただ自分の店の商品を売りたい人なので、必要なければ無視しましょう。


ブダペスト
建物の中。
この温泉施設には、サウナ風呂や男女別の風呂、屋外スイミング・プール、泡立ちスイミング・プール、また、マッサージ・サービスや、療養サービスもあるとか。
利用には水着を着用。タオルと共に水着の貸し出しもしています。


ブダペスト
温泉施設の近くで発見。洞窟教会(Cave Church)。
上記の博物館からの眺めの、丘が実はこれ。地元の観光ガイドにも載っていなかった教会だが、かなり面白そう。
もっと早くに気がつけば是非中を拝見したかった。


そして最後に、日暮れのドナウ川。
ブダペスト


ブダ1日観光を終え、翌日次の目的地であるデブレッチェンへ向かいます。
ブダペスト以上に寒そうな予報のデブレッチェン。
続きはまた明日。


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またちょっと久しぶりになってしまった新記事は、ハンガリーから。
人生で2度訪問することがあるとは思いもよらなかったブダペストに、土曜日到着。

実はフライト前日のエドモントン、大雪に見舞われて空港への高速道路で100台以上の玉突き事故が発生、道路閉鎖状態だった。
雪嵐
とっても心配だった木曜日。


しかし、
雪景色
かなり積もったけれど、フライト当日の金曜日には雪も止んで快晴に。
やはり、日頃の行いが良いせいでしょうか。


クロコとティガー
我々の出発に全く感心なさそうなクロコとティガーにお別れを言って、出発!


そして、無事にハンガリー、ブダペスト入り。
前回の訪問は20年前。街がとても奇麗だったという印象以外の細かいことは記憶の彼方に埋もれているため、初めて来たような新鮮さ。
とりあえず、初日の印象など。
ブダペスト
ホテルの窓からの眺め。
ドナウ川とその向こうに国会議事堂。


ブダペストはドナウ川を挟んでかつてブダとペストという二つの街だったのが合体した都市。
宿泊したのは、ブダで世界文化遺産に登録されているブダ王宮(ブダ城)地区。
ブダペスト
丘の上にあるブダ城地区は、石畳の通りが続く素敵な街並。
昼間は観光客で賑わうが、夜はひっそりと静か。


ブダペスト
マーチャーシュ聖堂(Mátyás-templom)。ブダ城地区にそびえる見事な教会。


ブダペスト
夜のライトアップが美しい。


ブダペスト


ブダペスト


ブダペスト
マーチャーシュ聖堂のある丘から、ペスト地区にある国会議事堂を望む。


ブダペスト、天気予報で予想はしていたけれど、かなり寒い。
ウールのジャケットにマフラー、帽子、手袋は必需品。
エドモントンに比べると湿度が高いため、重ね着で寒さを凌いでいるけれど、ずっと外に居ると体の中まで結構冷える感じ。
あと、石畳の道は一日歩くと足に負担が。靴は底が厚めで平らな物がお勧めです。


では、また時間のある時にハンガリー旅行期アップして行きたいと思います。
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ワシントンDC観光、博物館&美術館巡りだけでなく、有名過ぎて見逃しては帰れない建物も、出来る限り観てきました。


到着した夜に北側から撮影したホワイト・ハウスを、南側から。
ホワイト・ハウス
陽当たりが良く、庭には野菜畑も。大統領夫人ミシェルさんが庭で野菜作ってる写真付きパネルがあったけど、本当に彼女はここで家庭菜園などするのか?という事はもちろん、実際に大統領一家が私的理由でこの丸見えな庭に出て来るなんてこと、あるんでしょうか。少なくとも、あの生け垣よりもこちらへは出ない気がする...。
南側はいつも観光客で一杯。前もって申し込めば、ホワイト・ハウス内も無料見学出来るようです。外国人はワシントンDCにある大使館に連絡する必要があるみたいですが。


何処に居てもどうにも目に入ってしまう、
ワシントン・モニュメント
ワシントン記念塔(Washington Monument)。
通常この塔の上まで登れる様だが、2011年にヴァージニアを襲った地震とハリケーンの影響で内部構造が不安定になっており、閉鎖中。


間近には行かなかったけれど、至近距離からパチリ。
国会議事堂
アメリカ合衆国議会議事堂。


そして、映画『リンカーン』を観た後だったので、ワシントンDCに来たら必ずお参りしなくてはと誓っていた、
リンカーン・メモリアル
リンカーン記念館(Lincoln Memorial)。近づいてみると、結構な高台にそびえ建っている。
この中に、


リンカーン・メモリアル
巨大リンカーン像が鎮座している。
神殿の様な外観に至ってシンプルな内装で、ぜんぜ見た目は違うのですが、どうも何かに似ていると思ったら、


東大寺
東大寺の大仏殿。
リンカーンの代わりに大仏を置いてみたくなったり。


リンカーン・メモリアル
リンカーン記念館から程長く延びるリフレクティング・プール(Reflecting Pool)を越えたまっすぐ先に、ワシントン記念塔、その向こうに博物館が並ぶナショナル・モール、そして国会議事堂と一直線に並んでいる。

また、記念館の前に広がる公園コンスティテューション・ガーデンズには、ベトナム、朝鮮、第一次世界大戦それぞれの慰霊碑や記念碑と、リフレクティング・プールの突き当たり(ワシントン記念塔側)に、第二次世界大戦の記念碑がある。


遠くから見て、現代アートのインスタレーションかと思ってしまった、
ベトナム戦争メモリアル
朝鮮戦争戦没者慰霊碑(Korean War Veterans Memorial)。とても印象的。


リンカーン記念館から合衆国国会議事堂までの位置関係確認の地図はこちら
拡大していくと、建物の名前が出てきます。


そして最後に。
図書館
たまたま通りがかりに寄ってみた、DAR博物館(Doughter of American Revolution Museum)。入館は無料。

リンカーン記念館に行く途中だったため、この建物の中心にある図書館見たさに入館。
図書館
図書館として現役利用されていますが、大変美しい。一見の価値あり。


その他、博物館として陶器や衣類などの小さな展示室と、”時代”と”場所”を再現した『Period Rooms』という小部屋が1階から3階まで、図書館をぐるっと囲む様に27室ある。
時代部屋
こんな感じの時代部屋。部屋には州の名前付き。だいたい1700年代から1800年代の部屋で、州によっての違いなど観て楽しいはず。しかしちょっと先を急いでいたため、貰ったマップもちゃんと見ず、実は27室もあったとは気がつかなかった。結局3〜5室くらいしか見てないが、一通り回った限りでは、結構閉まっていたような気もしなくない。


忘れていたけれど、このDAR博物館も一応博物館なので、これを加えて最終的に10館の博物館&美術館を訪問したことになります。
ということで、ワシントンDC観光記は今日でおしまい。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございます。


おまけ:
ワシントン・モニュメント
夕暮れのワシントン記念塔。


またのご訪問をお待ちしています。
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まだ続いております、ワシントンDC観光記もやっと終わりに近づいてきました。


ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(National Gallery of Art)は、ナショナル・モール内にあって、唯一スミソニアン学術協会の運営ではない国立の美術館。建物は西東2館に分かれており、西館では13世紀のイタリア美術から始まって、スペイン、オランダ、ドイツ、そして20世紀フランス美術を中心とした膨大な数のコレクションを順を追って観ることが出来る。
入場料は相変わらず無料。

国立美術館
1941年に完成のナショナルギャラリー西館。


国立美術館
正面入り口入ってすぐの噴水付き円形広場は、柱が立派。

このメインフロアには、広場を中心に建物の東と西に100室ものギャラリーがあって、全部観てたら一日あっても時間が足りない程。
忙しい人向けに、有名どころ目玉作品だけを拾って観ることが出来る案内チラシあり。
誰もが知っている画家や、かつて学生時代に画集で何度も観ていた見覚えのある作品や、美術史で覚えたけれど記憶の彼方に埋もれ去っていた画家の名前とか、なんだか昔分かれた人に再び出会った様な懐かしさと感動に浸ってしまいました。
それにしてもかなり素晴らしいと思えるコレクションです。

観光シーズンオフということもあり、混み具合はそれほどでもなかったものの、この、
国立美術館
レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画、『Ginevra de' Benci』(ジネヴラ・デ・ベンチの肖像)の所にだけ人だかり。
そんなに沢山残っていないダヴィンチの絵画のうち、北米で観ることが出来る珍しい一点。

このナショナル・ギャラリーの素晴らしいのは、作品をフラッシュ撮影してもOKなところ。
企画展の撮影は禁じられているが、コレクションの常設展作品の撮影は自由。接近し過ぎて注されている人もいたが、基本的にかなりの至近距離での撮影が可能。


さて、西館の下の階にあたる1階から繋がっている東館は、1978年築の近代現代美術専門のギャラリー。
私達が行った時に開催中だったのは、ポップアートの巨匠、ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein)の回顧展。1月13日で終わってしまったけれどギリギリで観ることが出来ました。特別好きなアーチストではないけれど、こんなに沢山のリキテンスタイン作品を回顧で観たのは初めてだったので、面白かったです。
他の常設展は、コンテンポラリーというよりはモダンに留まっている感じで、現代アートを楽しみで行ったので少々期待ハズレ。


ついでに。
ナショナル・ギャラリー西館の脇に、
彫刻の庭
彫刻の庭があります。


そしてその彫刻の庭にある、
彫刻の庭
「メトロポリタン」というカフェが、この旅行中に各博物館で食べた昼ご飯の中で最も美味しかった!
最後の日にやっと見つけたのですが、最初の日に見つけてたらきっと毎日ここで食べたはず...残念過ぎる。


更に、この彫刻の庭で、アイススケートも出来ます。実はこの日も10度以上あったので、良く氷が溶けないなと思いつつ、私としては暖か過ぎてアイススケートっていう気分じゃなかったけれど、皆楽しそうに滑っています。
彫刻の庭
手前に彫刻の庭、バックには、ワシントンDC 国立公文書館(National Archives)のビルという、滑り心を誘うロケーションではある。



最後に、ワシントンDC滞在中に行った唯一の私設美術館。
コーコラン美術館
コーコラン美術大学(Corcoran College of Art and Design)付属の、コーコラン美術館(Corcoran Gallery of Art)
なんと!今回の旅行で、初めて入場料(10ドルのところ、アンケートに答えて1ドルまけてもらって9ドル)を払った。

資本家ウィリアム・ウィルソン・コーコランの個人コレクション(18〜20世紀のアメリカ美術とヨーロッパ絵画)を展示するために、1874年に設立。ヨーロッパの現代アートの展示もしているが、基本的にはアメリカ美術の紹介がメイン。1階が歴史的美術作品とモダンアート、2階に現代美術の展示。

簡単な感想として、常設のアメリカ美術のコレクションは割と面白かったけれど、現在開催中の企画展、タリン・サイモン(Taryn Simon)の” A Living Man Declared Dead and Other Chapters I-XVIII”はコンセプチュアル過ぎてあまり楽しめず、もう1つのイーノック・ペレツ(Enoc Perez)のペインティング展”ユートピア”はまだ展示中(行った日からオープンだったが、早過ぎた様)ということで観ること出来ずで、ちょっとがっかり。



結局丸4日間と最終日の1時間で、9つの美術館&博物館を制覇。基本的に午前1館午後1館とゆっくり観れたので、ハズレもあったが最終的な満足度は高い。今回行けなかった博物館は、またの機会に(って、そんな機会はあまり無さそうですけど)。
それにしても、スミソニアンはもちろんの事、他の国立の博物館・美術館全て無料というのが素晴らし過ぎますね!

明日は、その他の名所巡りなど。


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スミソニアン・キャッスルの両脇にある小さな美術館。

アフリカ美術館
国立アフリカ美術館(National Museum of African Art)。入館無料。
他の博物館に比べるとかなり小さいが、なんだか地下に深かった。


博物館内の雰囲気も良いが、展示物と展示物との間も良くて、落ち着いて鑑賞出来る感じ。
が、残念ながら少々閉館時間に追われていたため、展示物一点一点じっくり観ることが出来ずに、全体的に良かったということは確かながら若干記憶が薄い。
印象的だったのは、ウォルト・ディズニー - ティシュマン・コレクション。

特にマスクのコレクションは、大変ユニークで惹き付けられます。
例えば、
アフリカ美術館
ナイジェリアのマスク。マスクといってもこれは頭に入らなさそうなので、頭の上に載せるんでしょうか。


アフリカ美術館
コート・ジボアールのマスク。


それと、モロッコ出身でサウジ・アラビア人、現在はアメリカとモロッコで活躍中の写真家、ラッラ・エッサイディの写真展もとても奇麗で面白かった。
写真展
素肌にアラビア語風の文字がびっしりと書かれた被写体の女性が、服の模様と共にハーレムの装飾や建物に溶け込んでその一部の様。


それと、似た様な建物で、国立アフリカ美術館の向かいにある、
サックラー・ギャラリー
アーサー・M・サックラー・ギャラリー(Arthur M. Sackler Gallery)。古代アジア・中東諸国の展示がメイン。入館無料。

こちらも地下に展示室があり、隣のフリーア美術館と地下で繋がっている。
行ったのが帰る日のフライト前で、やはり1時間くらいしか時間がなく、現在開催中の企画展、『Roads of Arabia』(アラビアの道)だけに絞って、さらさらと流し観。
しかし、これまた結構面白くて、時間が無かったのが非常に残念。最近発掘され、北米で展示するのが初めてという石彫等数々の古代遺品。紀元前1万年くらい前から始まり、普段あまり触れることのないサウジアラビアの歴史と古代文明を、年代を追って鑑賞できます。写真撮影は禁止。


国立アフリカ美術館、アーサー・M・サックラー・ギャラリー共に、およそ1時間という限られた時間しかなかったので流し観になってしまったが、どちらも見る価値ある美術館。せめてそれぞれ2時間くらいあると良かった。
国立アメリカ・インディアン博物館で時間をつぶさずに、こっちに移動すべきであった〜。

5回にわけてアップして来たスミソニアン博物館の記事は今日でおしまい。
しかし、ワシントンDC観光記はまだ続きます。


今日のエドモントンは現在マイナス19度。
先週急に暖かくなって雪もどんどん融けていましたが、また急に寒さ復活。
クロコもティガーもさすがに今日は引きこもりに決めているようです。トイレも漏れそうになるまで我慢するはず....

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昨日、ハズレだった国立アメリカ・インディアン博物館の記事をアップしましたが、今日は気を取り直して。

国立航空宇宙博物館
国立航空宇宙博物館(The National Air and Space Museum)。 入館料はこれまた無料。
航空機と宇宙船関係の展示では世界で最大級の博物館とのこと。地球や太陽系の惑星に関する事も学ぶ事が出来る。また、IMAXシアターやプラネタリウムもあり。子供から大人まで年齢に関係なく一日楽しめる博物館。

入場した瞬間から目を奪われる展示物の数々で、かつてテレビで見た事ある宇宙飛行関係の展示物もなんだか懐かしいというか、目の前にして(実物は宇宙に置いてきてるから、帰還カプセル以外は同じモデルというだけですが)感動的でもある。


入ってすぐの展示場には、冷戦時代の象徴、大陸間弾道ミサイルがそびえ立つ。
国立航空宇宙博物館
アメリカとソ連の間で結ばれた軍縮条約の一つ、中距離核戦力全廃条約により、2600以上の核兵器が禁止されたが、その内の2つ。このミサイル1つに核爆弾が幾つも積んであって、敵地のあちらこちらのターゲットに同時に投下出来るそうですが...
左がソ連型(でかッ!)で右がアメリカ型。冷戦の終わりと二国間の友好を記念しているが、これを見てると、使用する事の出来ない核兵器の製造競争とそれにより積み重なっていく恐怖、という空しい歴史を冷え冷えと感じる。


さて、こちらは宇宙飛行士が地球に帰還する時に使った実物のカプセル。
国立航空宇宙博物館
民間人として、ジャーナリストとして、また日本人としても初めて宇宙に行った秋山 豊寛さんが、これに乗って帰って来たと思われます。


国立航空宇宙博物館
秋山さんのサインが最も目立っている。


国立航空宇宙博物館
その他にも、沢山のミサイル、ハッブル宇宙望遠鏡のテストモデルや、宇宙ステーション『スカイラブ(SkyLab)』地上試験用の実物大モデルなど所狭しと置かれている。
また、地球のこと、惑星のこと、そしてアポロの月着陸計画の歴史と技術などなど、テーマ別に分かれた展示室1つ1つも面白いし、とても勉強になります。


私は上記の宇宙関係ものの方が観て楽しいと思ったが、夫がもの凄く楽しみにしていたのは航空関係。
国立航空宇宙博物館
こちらも展示物多し。

ライト兄弟の発明した飛行機に始まり、航空の歴史、現在の商業用飛行機まで、そして軍事用は第一次世界大戦から現在の米軍の軍用機まで歴史と目的に沿ってたっぷりと鑑賞できる。
国立航空宇宙博物館
飛行機を発明したライト兄弟の展示室は、初飛行に成功した「ライトフライヤー号」を中心に時代を感じる内装がいい感じ。こちらは飛行機の羽の生地などは新しいが、骨格は本物。
ライト兄弟は自転車屋さんで、彼らが作ったという自転車も1台展示されています。

「ライトフライヤー号」が、スミソニアン協会によってこの国立航空宇宙博物館へ展示されるまでのいきさつに興味のある方は、ウィキペディアの”飛行成功後の苦悩と闘い ”という覧を読んでみて下さい。なかなか面白いです。


国立航空宇宙博物館はなかなか良かった。巨大な展示物の数々も迫力満点。あれこれ観ているうちに、あっという間にまた4時間半。
唯一残念過ぎると思ったのは、カフェテリアが巨大マクドナルドなこと。なんかもうちょっと選ぶ余地があると良いのに。


またちょっと時間がなくなってしまったので、今日はここまで。
続きはまた明日。

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昨日の続き>


国立アメリカ・インディアン博物館
国立アメリカ・インディアン博物館(National Museum of the American Indian)
入館料無料。
建物はカナダ、オタワ出身の建築家ダグラス・カーディナル氏によるデザインだが、建設中にもめ事がありカーディナル氏は途中でプロジェクトを去っている。建物内装のデザインで意見の対立があったといううわさも。


国立アメリカ・インディアン博物館
なかなか面白い外観の建物です。
これで、もの凄く博物館への期待が高まるのだが、実は展示内容はイマイチ。

北米大陸に居住する先住民族の部族ごとに与えられたブースに、それぞれの民芸品や伝統的生活用品、部族衣装などを展示していて、それを観る分にはそれなりに面白みもあるが、写真、ビデオ、そしてパネルなどを合わせた伝統的な文化や暮らしに関する展示全体は、どちらかというと子供の教育用文化私設、または学園祭的な趣。
各ブースがこじんまりとした小部屋になっていて、その中に沢山の情報が詰め込んであるから、圧迫感を感じる。

常設展示室は『宇宙観』、『人々』、『暮らし』の3つのテーマに分かれているが、展示の仕方がどれも同じで、代わり映えがあまりなく退屈。博物館の展示全体を統一して担うプロのキュレーターやデザイナーを使わなかったのではないか、と一目して感じる内容。

ヨーロッパにある美術館や白人アメリカ文化とは違う、インディアン文化に馴染むものであるよう意図されている、との事だが、これでは逆にやっぱりヨーロッパ風の美術館・博物館の方がいいね、と観る人に思わせてしまうのではないか。建物の外観が魅力的なだけに、中身とのギャップがかなり残念で、正直ここはパスすれば良かったと後悔した程。

同じ様に写真、パネル、ビデオで見せつつがっつり心をつかまれた、米国国立ホロコースト記念博物館との比較が良い例で、”人々を魅せる”展示とは、プロのキュレーターとデザイナーが居るか居ないか、またはその能力の違いで、かなりの差が出るということが良く分かります。
国立アメリカ・インディアン博物館で展示されているモノ自体が悪いというわけではないので。


ついでに。
ローカル・ガイドにもお勧めで載っていた、国立アメリカ・インディアン博物館のカフェテリア『Mitsitam』。
「ノーザン・ウッドランド」、「サウス・アメリカ」、「ノースウエスト・コースト」、「メソ・アメリカ」、そして「グレート・プレインズ」の5カ所のアメリカ・インディアン伝統的料理をベースにした食べ物を体験出来るということでとても楽しみにしていたのだが、ちょっと気になるメニューはカフェテリアのランチにも関わらず16〜20ドル以上と値段が高く、結局そこそこの値段(決して喜ぶ程安いわけでも無い)のバイソン・バーガーとチキン・タコスなるものをオーダー。
山の様に盛られたバーガーのバイソン(切り刻んだ肉)は塩のタレ漬けのような状態で死ぬ程しょっぱくて食えたものではなく、チキン・タコスのタコ皮が骨の様に堅かった。
これらは「グレート・プレインズ」で出してる食べ物で、他の4つの店は美味しいのかもしれないけれど、プレイン(草原地帯)地方から来てるのに、プレイン料理(でもなんでタコスなんだか)なんて選んだ我々がいけないとはいえ、あの塩漬け山盛りのバイソン、ふた口以上食べたら血圧急上昇でその場で死んでしまいそうでした。
結局バーガーはバイソン梅干し程度の量と上に乗ってるパン食べただけ。払った金返して欲しいと真剣に思った...

このカフェテリアでは、ケチらずに5つの店舗の中でも出来るだけ高いもの選んだ方が良かったのかもしれない。
でも、20ドル払って味が塩だったら....と思うと迷います。



さて。
国立アメリカ・インディアン博物館が外観以外ことごとくハズレだったので、気を取り直してもう1つ博物館を載せる予定でしたが、時間切れとなってしまったので今日はとりあえずこれだけで。
続きはまた明日。
またご訪問いただければ幸いです。

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今日からぼちぼち観光記でも。

ワシントンDCと言えば、ワシントン記念塔やアメリカ合衆国議会議事堂のある国立公園ナショナル・モール(National Mall)。そして、ナショナル・モールと言えば、イギリス人の科学者ジェームズ・スミソンの遺産を基金としてつくられ、スミソニアン学術協会 (Smithsonian Institution)が運営している国立スミソニアン博物館 (Smithsonian Museum)。19の美術館や博物館に加え、動物園、公園、研究センター、文化センターなど広範囲に渡る世界で最も膨大な研究施設で、その殆どがワシントンDCにある。

今回の旅行は、このスミソニアン博物館群と、その他美術館を巡るのが主要目的だった。

まずはスミソニアン協会本部のある、スミソニアン・キャッスル(Smithsonian Castle)見学。
スミソニアン博物館
南向きで陽当たりが良いが、庭がある方が裏なんだと思う。


スミソニアン博物館
公園内側から見たスミソニアン・キャッスル。日影だけれど、こっちから見た方が立派。
建物内には、案内人が居るが、運営している博物館・美術館等でどんな物を観る事が出来るのか一目で分かるサンプル展示室あり。
更に、ここにはカフェもあるが、サンドウィッチ等かなりマズイのであまりお勧めしません。
ここは建物の外観を観るだけで良いという感じ。


そして、スミソニアン・キャッスルの隣にある、
ハーシュホルン
ハーシュホーン博物館(The Hirshhorn Museum)。入館料は無料。
モダンアートを中心としたコレクションと、現在艾未未(アイ・ウェイウェイ)展開催中。


アイ・ウェイウェイ
巳年にぴったりな作品が天井からお出迎え。バックパックの様な物つなげて作られた蛇。

世界的に有名な中国の現代美術家アイ・ウェイウェイは、その前衛的な芸術活動で若いうちから中国当局の圧力を受けて来たが、80年代にアメリカに渡り、主にニューヨークで制作活動を続けて来た。その後再び中国に戻るが、2008年の四川大地震の犠牲者に関して中国当局の責任追及をするなど批判的な言動を取った事により、2010年当局により自宅軟禁となる。2011年、香港へ行こうとしたところ空港で身柄を拘束、現在は釈放されているらしいが、海外に出る事は禁じられているとのこと。

そんな波瀾万丈な艾未未さん、『役に立つ工芸品を役に立たない芸術作品に作り替える』と述べているように、展示作品の多くは、中国の伝統的な工芸品や使用済みの木材等が素材。工芸的な美しさを保ちつつ見事な現代アートに生まれ変わっている。

展覧会、とても良かったです。
私は特に『Tea House』というタイトルの、お茶っ葉を圧縮して家の形にしたインスタレーションが好きだった。
アイ・ウェイウェイ
展覧会風景一部(博物館サイトより)。
『Tea House』は、右の作品。家もお茶、カーペットみたいなのも全部お茶。いったいどれだけの量のお茶が使われたのか?と興味が沸きます。

非常に才能豊かなアーチスト、艾未未。中国はもっと彼の存在を誇りに思えば良いのに。近年中国の現代美術は活発で、政府も結構サポートに力を入れているようですが、表現の一線は越えられないということでしょうか。政府に批判的でなければ良いということかな。



スミソニアン・キャッスルの向かいにある、
国立自然史博物館
国立自然史博物館(National Museum of Natural History)。入館料無料。
ここでは、地球の自然と生き物の事が全て学べます。
海の生物、化石や鉱物、昆虫、植物、動物に人類の進化の歴史まで、とにかく観るもの多し。


国立自然史博物館
動物達の剥製も迫力あり。世界から集められた、見た事無い動物も沢山。


ミイラの部屋もありますが、数は少ない。
国立自然史博物館
これは猫ちゃんのミイラ。一番左の意外やたら小さいのが印象的。
エジプトで作られた猫のミイラはあまりにも沢山あり過ぎて、後にイギリスの商人によって『肥料』として売られたらしいが、猫だけでなく人のミイラも2次利用されていた模様。
他のミイラの使い方として、こんなページを見つけました。


そして、最後に『呪いのダイヤ』ホープダイヤモンドを鑑賞。
ホープ・ダイヤモンド
黒く見えますが、実際は深い青色をしています。とても奇麗。

博物館では結局、4時間半も費やしてしまった。
動物の剥製も面白かったけれど、私が一番面白いと感じたのは実は人類の進化の歴史の展示室で、特に、インドネシアのフローレス島で近年発見された、約1万2千年前まで生息していたとする小型のヒト属ホモ・フローレシエンシス(フローレス人)は非常に興味深い。身長は1mあまりで、『ホビット』というあだ名が付いている。



ということで、今日はここまで。
本日もご訪問ありがとうございます。

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(1月7日からワシントンD.C.に来ています。)


今回のメイン観光先の1つにしていた、『米国国立ホロコースト記念博物館』
ホロコースト博物館
ドイツ・ナチスのユダヤ人大量虐殺を記念した博物館。入館料は無料。

エレベーターで上がって4階から、第1次世界大戦後のドイツの社会状況とナチスとヒトラーがどのように力を増して行ったのかについて、3階に第2次世界大戦中のユダヤ人収容所(その他にジプシーや共産党員、ホモセクシャル、エホバの商人の収容所も)と大量虐殺の実態、そして最後の2階に戦後裁判と生き残った人達の運命と、大量のパネル、写真、ビデオと遺品等を観ながら、順を追って詳しく知る事が出来る。

パネルを読んだり写真を観たりだけでも辛いが、本物のビデオは非常にショッキング。
特に3階のホロコーストの部屋や、2階の戦後ソビエト、イギリス、アメリカ軍が収容所の解放をした時の映像は、あまりの酷さに目を背けたくなるし、言葉も無い。
また、大量の靴などの遺品も、そこから今もなお苦しみの叫びが聞こえてきそうでビジュアル的にも圧倒的な強さ。更に、全ての展示室を回り終えた所に、生存者のインタヴュー・ビデオがあるが、とにかく涙無しでは観る事が出来ない。(でも必見です。)
そして思い切り重い気分になった後、最後に鎮魂の間へ。
何も無いドーム場のスペースに灯されたキャンドルの数々と鎮魂の炎が静かに燃える部屋で、暫く心を鎮めて博物館を後にする。


とても重苦しい気分になることは間違いないが、建物も展示の仕方も内容も申し分無い作りで、ナチスの残虐行為を、ただ”こんな酷いことをしました”と一方的な視点から公に見せるだけの博物館ではなく、”何故人はここまで残虐な行為を行う事が出来るのか、出来てしまったのか、なぜ社会全体がそのような方向へと進んでしまったのか”を、その歴史的背景をしっかりと最初に見せられることによって、より深く学び考える事が出来るのも確か。そして犠牲者の魂を鎮め、この酷い過ちを将来に渡って2度と繰り返してはいけないと、真剣に心から思える場所である。



午後4時間かけてじっくりと博物館見学をし、しんみりとして外に出たら、
夕焼け
空はとても奇麗な雨上がりの夕焼けだった。
なんだか、心が洗われた気がした。


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映画『リンカーン』を観て急に思い立ったというわけではありませんが、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.にやってきました。

朝3時半起き、エドモントン発6時半のフライトで、到着したのが(エドモントンとの時差は2時間で)6時半。
着いてぐったりかなと思ったら、飛行機で睡眠してたせいか割と平気だったので、とりあえずオバマ大統領に挨拶しに
ホワイトハウス
お約束のホワイト・ハウスへ。


そして今晩の夕食は、『Nooshi』というアジアン・レストランへ行ってみた。
ヌードルと寿司がメインのレストランなので、Nooshi...。しかしタイ料理がベースな感じ。
食事
チェンマイ・ヌードル。
スープが、なんとなく味がまばらで一歩間違えたらマズくなる手前な感じだったけど、不思議とそれなりに美味しかった。


夫の食べてたピーナツ・ヌードルは、
食事
彼は「美味しい、美味しい」といって食べてました。


ということで、旅行中ブログ・アップを毎日出来るか分かりませんが、とりあえず出来なかった場合はエドモントン帰宅後に。
では、おやすみなさい。

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(昨日のつづき)

バンフからエドモントンへ帰る前に、せっかくなのでもう一滑り。
ロッキー山脈の東裾野で、スキーのみならず一年を通して多くのアウトドア・スポーツを楽しむ事が出来る州立公園がひしめくカナナスキス(Kananaskis)に立ち寄る。

カナナスキス
バンフからカルガリーに向かっておよそ51km程の位置にあるリゾート地。カルガリーからは87km。国立公園まで行かなくても、それなりに山を楽しめます。


カナナスキス
カナナスキス村近くを流れるリボン・クリーク沿いのクロスカントリー・スキー・トレイル。片道2.2km。


カナナスキス
気温マイナス14度くらい。
出だしが寒いが、クリークに沿ってずっと緩やかに登り坂なので、スタート後すぐに体が”疲れる&暖まる”。


カナナスキス
スキー・トレイルのすぐ横にリボン・クリーク。


カナナスキス
ここも、寒いのに何故か完全に凍結していない。
ふわふわの羽毛のような雪が奇麗。


かなり疲れる、スキーを履いての登り坂。片道の最終地点で折り返した後は、一気に滑り降り。登りが少々キツかった分、帰りは楽々で気持ち良かった。
ただし、まだスピードが出過ぎる下り坂は怖いので、今後はもっと坂道の練習をして、初心者コースから脱皮し、中級コースへ行けるように頑張りたいと思います。



おまけ:
シャトー・レイク・ルーズに飾ってあった、お菓子の村。
お菓子の町
主にジンジャー・ブレッドとチョコレートで出来ています。


こちらは、バンフ・スプリングス・ホテル内に飾ってあった、シリアルとM&Mで出来た同ホテル。
お菓子の家

1888年に開業し、国定史跡でもあるバンフ・スプリングス・ホテル。
高級過ぎて泊まった事はありませんが、ホテル内1〜3階は自由に見学可能。回廊などなんとなく城のような感じで面白いし、ホテルの歴史を展示している部屋もあって、ちょっとした空き時間をつぶすには打ってつけ。
シーズン・オフで一番安い部屋でも1泊300ドルくらい。いつか思い切って泊まってみたい気はするけれど、このホテルに2、3泊代で、どこか別の都市に飛んで行けそうなお値段です。


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クリスマス明けに、バンフ国立公園に行った。2泊3日で、宿泊はバンフだが目的はレイク・スイーズでのクロスカントリー・スキー。バンフからレイク・ルイーズまでは、車で45分くらい。


中日は張り切って早起きし、午前中レイク・ルイーズ村のボウ・リバー近くにある初心者用のスキー・トレイルでひと運動。
レイク・ルイーズ
冬場は閉まっているキャンプ場を一周するコースで、2.2キロ。
朝の気温はマイナス18度。出だしがかなり寒いが、運動量の多いクロスカントリーは、数百メートル後には体もポカポカ。


レイク・ルイーズ
林の中をぐるっと一周。雪を乗せた針葉樹がとても奇麗。


レイク・ルイーズ
キャンプ場2.2kmでは物足りなかったので、ついでにボウ・リバー沿いに足を延ばす。
川のすぐ横を滑るコース。とても寒いのに川が完全に凍結していないのが不思議。


レイク・ルイーズ
こちらは一周で6.6km。長過ぎるので、およそ1km程を往復して午前中の運動は終了。
冬景色も堪能しました。


そして午後は、今回のメインであるレイク・ルイーズへ。
レイク・ルイーズ
有名ホテル、シャトー・レイク・ルイーズのある湖です。
午後1時くらいだが、暗い! 冬の陽は低過ぎて、山に囲まれた湖には全然陽が当たりません。


レイク・ルイーズ
凍った湖の上に、氷の彫刻が。メープル・リーフが乗って、いかにもカナダ風な城壁...。


いざ、湖の向こう側を目指して出発!
レイク・ルイーズ
正面から見ると分かり難いが、レイク・ルイーズは割と奥に長くて片道2km。
凍った湖の上では、クロスカントリー・スキーを楽しむ人、散歩を楽しむ人、スノー・シュー(カンジキ)歩きを楽しむ人など様々。


レイク・ルイーズ
更に、馬車で向こう岸まで行くツアーも。私の滑るペースと馬車のスピードがほぼ同じ。


レイク・ルイーズ
馬車もスキーもここが終着地点。これ以上先へは行けません。


レイク・ルイーズ
振り返ると、遠くにシャトー・レイク・ルイーズ。一休みしたら、再び2km滑って戻ります。


午前と午後合わせて約8km強を滑って満足感も大。
しかし、まだやり残した事が....
レイク・ルイーズ
シャトーでお茶休憩した後、日没前にアイス・スケートひと滑り。


レイク・ルイーズ
湖の天然アイスの上を30分程滑って、1日の活動を終える....。


バンフに着いた日には、風邪をぶり返したのか体調が悪かったのだが、不思議な事にこの日の朝食後に急に回復。(実は朝食前までレイク・ルイーズは諦めて、エドモントンに帰宅しようと本気で考えていたのですが)おかげで目的通りに思う存分楽しむ事が出来ました。
神様、ありがとう!

そして夜には食欲も復活。夫の希望でバンフの和食レストラン『三喜』で晩ご飯。
和食
夫は刺身コース、私はちらし寿司。寿司も刺身も結構美味しかったです。ネタも悪くなかった。
握り寿司30ドルで食べ放題というのがこの店のメニューの特徴みたいですが、食べ放題といってもそんなに沢山食べない私の様な人は、普通メニューもあります。
この店のスタッフは全員日本人だそうだけれど、ネットのレビューでは、”サービスが悪い”、
”待たされる時間が長い”という意見が多い。実際に、我々の料理が出て来るのもかなり遅かった。忙しいと言っていたけれど、それならもっと人を雇えば良いのではないかと。特に、シェフの数が足りていないのではないでしょうか。


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エル・パソのダウンタウンで、美術館や博物館以外にどこか行く所は無いのか?と思い、ビジター・センターへ行ってみた。ビジター・センターは、前回の記事で取り壊されて野球場になると聞いた、この右の方の建物。
エルパソ

ビジター・センターに立ち寄る観光客はあまり居ないのか、案内人も席を外していた。暫く誰も出て来なかったが、やっと現れたと思ったら余程嬉しかったのか、3人もやって来て、よってたかって色々と過去のイベントに至るまで説明してくれた...。
あまりにも暑かったので、ショッピング・センターにでも行って涼みたいと思い尋ねると、ショッピング・センターやモールは無いという。仕方が無いので”ダウンタウン・ヒストリック・ウォーキング・ツアー”でもしてみることに。ツアーといってもガイドがいるわけでもなく、ダウンタウンにある古い建物をガイドブック片手に自分で見て廻るというもの。外歩きは暑そうだが、美術館も博物館も観てしまい他にやる事もなくなったので頑張ってみることにする。

ガイドブックに載っているのは、全部で25の建物。
一応一通り歩いたが、見逃した物もあり。写真も全部は撮らなかったので、観たビルで印象に残った物をいくつかご紹介。

エルパソ旧市街ビル
Hotel Paso Del Norte
1912年築。1906年のサンフランシスコの大地震でも倒れなかった建物の技術を見習って建設された、レンガと鉄筋、テラコッタで出来た建物。
ホテルは後に牧場主の本部となり、このロビーで売り買いされた牛の数は、単独で売買された場所としては世界のどこよりも多かったとか。


エルパソ旧市街ビル
Palace Theatre
元は"Alhambra"と呼ばれたビルで、映画と演劇場としてデザインされ、1914年にオープン。劇場は、ムーア式に影響を受けたスペイン植民時代の造り。
当時の面影を残したまま、現在はナイトクラブとして利用されているらしい。


エルパソ旧市街ビル
Merrick Building, St. Charles Hotel
石、レンガ、鋳鉄、タイル、ブリキを使って作られたビクトリアン・スタイルで、1887年築。
衣料品・家具店主のCharles Merrickが最初に開業。メキシコ革命時に武器製造会社がここで武器を販売、以降現在に至るまで、ホテルやカフェを含む様々な商売に利用されている。2000年以降、2階はアパートに。

因に、ダウンタウンで買い物するなら、上記のPalace Theatreと、Merrick Building, St. Charles Hotelのビルのあるエル・パソ・ストリート。お洒落というよりは、お買い得品が売っていそうな感じ。この辺り歩いている人達が皆メキシカンぽく、ちょっとアメリカに居る事を忘れてしまいそう。店の広告も店内の案内もスペイン語。入店するとお客の顔を見て英語かスペイン語で話すかを判断している様子。私たちはスペイン語話しそうも無いと判断され、最初から英語。
北米の普通の店とは違って商品の並べ方もちょっとメキシコ風...といってもメキシコ行った事無いので想像です。


エルパソ旧市街ビル
The Plaza Hotel
1929年に火事で焼けてしまったホテル・シェルドン跡に、同年コンラッド・ヒルトンが建てた高層ヒルトン・ホテル。建設開始から19日後に起こったアメリカ大恐慌にもかかわらず、ホテルは1930年にオープン。
1963年に売却、名前も現在のプラザ・ホテルに変更。
ところで、ヒルトン・ホテル発祥の地はテキサス州。ダラス・ヒルトンが開業第1号だそうな。


エルパソ旧市街ビル
O.T.Bassett Tower
Charles N. Bassettが、State National Bankの創設者の1人である父に敬意を表して建てた、15階建てのタワー。1930年に完成。


エルパソ旧市街ビル
S.H.Kress Building
1938年築で、1997年(!!!)まで、5と10セント・ショップ(今でいう1$ストア、日本でいう100円ショップ)だったビル。1997年まで5セントと10セントで売っていたとは思えないけれど、1$ストアの老舗ですね!
商工会議所女性部のリクエストを混ぜつつ変化したスペイン建築で、この土地のカラフルな歴史を表現したビル。オイスター・ホワイトにテラコッタ装飾が、周りのビルと比べとても異彩を放っている。
この写真では良く分からないが、今回見たビルの中で私が最も奇麗で面白いと思った建物。


案の定暑くて、途中カフェ休憩しなければ体力が持たないくらいだったけれど、良い季節であれば楽に歩いて廻れそうな距離。
目的のビルを探しながらダウンタウンも見れるし、ビルの歴史と共に街の歴史もちょっとだけ見えて来るような気がして、このセルフガイド・ツアーは割とお勧め。
25軒のビルの内、1軒は最近火災で全焼してしまったらく、所蔵されていた歴史的記録書類なども全て灰になってしまったとか。焼け跡見ましたが、失った過去はもう取り戻す事は出来ないので、とっても残念です。


今日でやっとエル・パソ記事はおしまい。
ずるずるとお付き合いいただき、ありがとうございました。

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午前3時に起床、早朝のフライトで、アメリカ、テキサス州のエル・パソにやってきました。
恒例の、夫婦で大学訪問です。
エドモントンからアメリカ合衆国をほぼ完全に縦断する形で南下、かなり南になるのでさすがに暑い。
早起きし過ぎて疲れたけれど、エドモントンと時差が無いのは助かります。

エル・パソ
ホテルからの眺め。

エル・パソと国境を共有するメキシコの町は、ドラッグ関係の犯罪が蔓延、お金があると思わしき観光客はすぐにさらわれてしまうとか...。
犯罪防止、麻薬の密輸入を防ぐために、より多くの警察が結集しているので、エル・パソはアメリカで1、2を争う程安全な都市らしい。国境には、刑務所のようなフェンスが張り巡らされ、とても登りきれなさそうな高いフェンスも。目と鼻の先のメキシコだけれど、国境は越えない方が良いとのこと。
エル・パソには、巨大な米軍基地があり、ここから多くの兵士がイラクに送られ、現在はアフガニスタンに送られている。何かあればすぐに軍が出動出来る状態だから、余計に安全なのかもね?


明日は1日テキサス大学エルパソ校( University of Texas at El Paso:UTEP)にてお仕事です。


ところで、久しぶりにアメリカへのフライトで国際便のターミナルへ行ってびっくり!
改装工事が終わって、様変わりしてました。
かつて殆ど何も無かったアメリカ行きのターミナル、待ってる時間に多少暇つぶしも出来るし、ワイヤレス・インターネットも使えるように!

エドモントン国際空港
新聞でお披露目された時に座ってみたい!と思った、新ターミナルの銅色の椅子。


エドモントン国際空港
座り心地は割と良いです。



明日も早起きしなければなりません。
もうすでに眠いので、今日はこの辺で。
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ドライブ旅行の最終記事です。

いよいよカナダとの国境へ向かう日。帰宅まで後一歩。
モンタナ州のロッキー山脈に入った所で、これまでの太平洋時間から山岳部時間へ変更となるため、1日が1時間短くなるが、折角なので、まだ一度も訪れた事の無いモンタナのロッキー山脈、グレイシャー国立公園(Glacier National Park)を通過する事にした。


モンタナ
モンタナ州ミズーラを出発。朝から曇り。しかも、雲がやたら低い。


モンタナ
一番眺めの良い場所で停まり損ねた、フラットヘッド湖(Flathead Lake)。
ロッキー山脈の西側麓にある、巨大湖。


徐々に近づくロッキー山脈のお天気に不安を感じつつ、グレイシャー国立公園に到着。
隣接しているアルバータのウォータートン・レイク国立公園と共に、国際平和公園に指定、世界(自然)遺産にもなっているらしい。
ジャスパー国立公園からブリティッシュ・コロンビア州への山越えは無料だったけれど、グレイシャー国立公園は、山越えする通りがジャスパーとバンフを繋ぐアイスフィールド・パークウェイのような主要幹線道路なので、通過のみでも25ドル。しかし通過といってもメジャーな観光スポットは殆どこの『太陽に向かう道』、ゴーイング・トゥー・ザ・サン・ロード(Going to the Sun Road)沿いにあるから、入園料は納得。
グレイシャー国立公園
西のゲート・タウン、ウエスト・グレイシャー(West Glacier)から入ってすぐの、マクドナルド湖。
この公園内で最も大きいと思われる、とても美しい湖。

湖の名前を知らずに、公園のゲートで「近くにピクニックテーブルは無いか?」と尋ねたら、「マクドナルドの前にありますよ。」と言われ、




ロナルドマクドナルド
「町の無いこんな山奥の国立公園内にも、マクドナルド!? さすが、アメリカ!」
と、真剣に思ったので、この湖のことは決して忘れないはず。


入り口からゴーイング・トゥー・ザ・サン・ロードの最高地点、ローガン峠までの間にも、見ごたえのある風景がいっぱい。
グレイシャー国立公園


グレイシャー国立公園
山火事ですっかり焼けてしまった枯れ木の森も、地表に育つ新しい緑と相まって、独特の美しさ。


グレイシャー国立公園


グレイシャー国立公園
こういう滝が沢山。


山間を平行に走るアイスフィールド・パークウェイと異なり、峠を目指して山越えをするゴーイング・トゥー・ザ・サン・ロードは、冬場は閉鎖とのこと。
グレイシャー国立公園
ウィーピング・ウォール(Weeping Wall)。
岩壁一面に激しく流れ落ちる滝の水で、夏場の道路は水浸し。冬場は当然凍結(のはず)。


グレイシャー国立公園
こんな風に、岩壁に沿って登っていきます。
カーブも多いし、普通に走ってても落っこちてしまいそうな感じ。


そしてようやくローガン峠に到着。海抜は2000m以上。
グレイシャー国立公園


グレイシャー国立公園
ここまで来ると、かなり寒い。

ローガン峠に到着後、天候が急激に悪化したため、下山を急ぐ事に。
あっと間に雨雲が立ちこめてきました。


グレイシャー国立公園
サンリフト渓谷(Sunrift Gorge)。


グレイシャー国立公園東のゲートへ続く細長い湖、
グレイシャー国立公園
セント・メリー湖(St.Mary Lake)。ちょっと逆光になり残念。


たっぷり2時間通過観光で楽しんだグレイシャー国立公園を後にし、
グレイシャー国立公園
最後のロッキーの小山に別れを告げてひた走り。
振り返ると、さっきまで居たローガン峠の辺りが濃い灰色の雲に包まれていました。
さっさと引き上げて正解。


嵐から逃げるように北へ向かってひた走り、無事にカナダへ入国。
とってもなじみ深いアルバータの風景と再会。
雲
局所的に著しい雨を降らせている立派な雷雲。

結局この日は12時間の根性ドライブにて、カルガリーまで北上。
翌日エドモントンへ帰宅。帰りも5泊6日のドライブで、2週間のドライブ旅行を無事に終えました。



さて、ここでマメ知識として。
なぜブリティッシュ・コロンビア州からの入国を避け、アルバータ州に拘ったのか。
それは、アッシュランドから運んで来た18本のワイン
カナダでは、750mlのワインは一人2本までの持ち込みなら無税となっている。一人頭なので、二人だと4本が無税で、4本以上の場合は入国時に申請し税金を払わなければならない。これは、どこの州から入国しても同じ。
問題は税金の額。ブリティッシュ・コロンビア州にはワイナリーがあり、地元のワイン業を守るために外国からのワイン輸入課税が高い。ちょっとどころか、かなり高い。時に購入したワイン1本分よりも高い税金を払うことになる。ところが、ワインを製造販売していないアルバータ州では輸入課税は格段に安い。
今回14本の課税ワインで、手数料や税金などもろもろ合わせて73.46ドルを支払ったが、ブリティッシュ・コロンビア州から入国していたら500ドルは越えていた可能性大。

2年前に同じワインをアッシュランドからバンクーバーへ8本持ち込んだとき、合計4本もオーバーしていたのに申告してもスルーだったのは幸運と言えそう。

カナダに沢山のアルコールを持ち込む時には、選択の余地があるのなら、ワイナリーの無い州からの入国がお勧め。日本から飛行機の場合はあまり選択の余地はなさそうですが、カルガリー直行便は出ています。陸路でアメリカから大量に持ち込みたい場合に、知ってると便利ということで。



9回に渡ってアップしてきた、ドライブ旅行記もやっと今日でおしまい。
なんだか途中間が空いたりして余計に日数がかかったせいか、妙な達成感を感じます。
2日にエドモントンに帰宅して、今日はもう18日。あっという間ですね、時の経つのって。

長い旅行記事にお付き合いいただき、ありがとうございました!

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昨日の記事のオレンジ色の夜の雲、11時頃に撮影のは日没後の太陽光の反射疑惑が濃い中、夕べまたオーロラ赤警報。夕べは晴れていたんで夜2度程空を見上げてみたけれど、我が家から見える空からはオーロラは観測されず。一晩中起きてるわけに行かないので、結局今回もまた見逃し。


ということで、ドライブ旅行に戻ります。
発情した鳥の絶叫が強烈なインパクトだった、ワシントン州ワルラ(Wallula)のキャンプ場を後にし、アルバータへ向かって走ります。

ワシントン
殆ど木の生えていない南アルバータ風の畑地帯をひた走り、


ワシントン州最後の都市、スポケーン(Spokane)に寄ってみたら、
スポカーン
バスケットボールのフィスティバル、フープフェスタ(Hoopfest)開催中。
市内の道路を閉鎖しての路上バスケットボール・トーナメントで、市内の駐車場全て満杯。フープフェスタを観に来たわけではないので、スポケーンは結局スルー。


先へ進みます。
オレゴン
森林地帯を抜け、アイダホ州へ入る。


アイダホ
コーダレーン湖(Coeur d'Alene Lake)を通過、再び山岳地帯へ。


そして、
ウォレス
『銀の都』、アイダホ州ウォーレス(Wallace)に到着。

高速の上からたまたま見えた古い街並に引かれて訪れたウォーレス、実は『世界の銀の都』として、1883年から、銀をメインに、鉛、亜鉛鉱、そして金などの採掘で栄えた町。1900年以降には、世界でも最も裕福な鉱山の町のハブとなり、現在も引き続き採掘中。

ウォーレスの始まりは、町の名前でもあるウォーレス”大佐”(自称?)が、購入した80エーカーの、杉の木に囲まれた湿地帯。1884年、ウォーレスはここにキャビンを建て、新しいコミュニティを『プレイサー・センター(Placer Center)』と名付けた。1885年当時、プレイサー・センターの人口は14人。

ウォーレス”大佐”が1883年から採掘を始めた鉱山は、徐々に増え、1886年には辺り一帯を網羅、一大鉱山の町『ウォーレス』誕生。1886年に学校が建ち、14人だった人口は1年間で500人に急増。1887年には、ダウンタウンビ・ジネスも定着し、鉄道も建設された。

しかし1890年にホテルからの火災にて、木造建築は全て灰に。新たなレンガ作りの建物はすぐに建設されたが、1910年の山火事にて、町の東側は全て破壊されてしまう。
1892年と99年には、労働者一揆が起こってアメリカ軍が出動、労働者1200名を監獄入りに。
また、1903年には当時の大統領ルーズベルトがウォーレスを訪問、鉄道駅にてスピーチを行ったが、5000ドルをかけて用意した国旗やまん幕は、嵐にあって台無しになったとか。


ウォレス
そんな、鉱山で栄えただけでなく、何かと”辛い”過去も経験済みのウォーレス、現在は銀の採掘と共に、観光業でも栄えています。
ちょっとした映画のセットかと見間違える小さなダウンタウンは、実際に映画撮影が行われたりもするようだが、観光客にとっては、こういう歴史的な街並はいつでも人気。町ではウォーレス産の銀やアクセサリーも購入出来るし、光り物好きには魅力的。
また、銀山採掘場ツアーやゴーストタウン・ツアー、ウォーレスの歴史を学べる博物館も面白そう。
町の観光だけでなく、自然の中でのアトラクションとして、スキー場やゴルフ場、釣りやハイキングコース、キャンプ場などもある。

今回たまたま通りすがりに見つけて寄ってみた『銀の都』ウォーレスは、いつかこの地を観光目的として改めて訪れ滞在してみたいと強く思った、とても印象的な町である。


ウォーレスに感心した後、いよいよモンタナ州へ。
モンタナ


この日の最終目的地、
ミズーラ
モンタナ州のミズーラ(Missoula) で、


アメリカ風寿司和食。
寿司
相当待たされて出て来たこの巻寿司、酢飯がイマイチで押し過ぎな感じだったけれど、時間がかかるのも納得な程創作的で観た目が奇麗。味も、飯に目をつぶれば割と美味しかった。
アメリカにしては意外な程小粒だった(写真は二人分)ので、


珍しくデザートを頼んでみた所、こんなものが!
デザート
「抹茶アイス天ぷら」ですと。寿司一人分以上に巨大。
アイスクリームを溶かさずにどうやって天ぷらににするのか謎ですが、意外にも美味い!
(*天ぷらの衣は全部食べません。)


さて、明日はいよいよ今回のドライブ旅行の最終記事となります。

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7月12日に太陽表面で起こった大爆発の影響で、夕べオーロラが発生するのではないかと予想していたところ、案の定午前12時頃にオーロラ・ウォッチ(Aurora Watch)から赤信号の知らせ。赤だとオーロラが発生する確率が80%以上と高い。
1月22日の巨大太陽爆発で悲しくも見逃し、その後も見逃し続けているオーロラを、今回こそは!と思っていたのに、エドモントンは夜10時から雷雨、明け方3時頃に起きて窓の外を見たけれど、どんよりと雲って雨だった。残念過ぎる!けれど、オーロラ活動今日から17日までの3日間続くようなので、今晩にはお天気が回復する事を祈りましょう。


ということで...
7月4日から始まった2012年夏ドライブ旅行、最終目的地のサンフランシスコ滞在も終え、いよいよ帰路に入ります。


初日の最終目的地は、
シャスタ湖
サンフランシスコ北部にあるシャスタ湖。
本当はここでこの旅3度目のキャンプの予定だったが、到着が遅れキャンプ場探すのに疲れたので、湖の畔のモーテルに。


この湖とても大きくて奇麗なのだが、
シャスタ湖
モーテルがボートハウス経営メインなため、景観を損ねている。


翌日、シャスタ湖の北にあるシャスタ山(Mount Shasta)を通り過ぎる。
シャスタ山
この辺りでは非常に目立つ雪を抱いたシャスタ山は、標高4322mの火山。


シャスタ山が火山であることが一目で分かる印は、
シャスタ山
シャスタ山の少々西にポツンとそびえるブラック・ビュート(Black Butte)。
シャスタ山の側火山(寄生火山)で、あまり木も草も生えていない溶岩で出来た山肌は、遠目に見てもひと際ユニーク。


シャスタ山
シャスタ山と対になって、遠くから見るとこんな感じ。


2日目の宿はオレゴン州の州都セイラム(Salem)。折角なので、とりあえず州会議事堂を見に行ってみると、
セラム
議事堂は、意外と地味だった。
初代の議事堂から2度火事で焼失し、現在の建物は1938年に建てられた3代目とのことらしい。
曇った空と相まって、なんだか重苦しい雰囲気...。


オレゴン州会議事堂がちょっとがっかりだったんで、気を取り直して再び寄り道。
オレゴン
国立歴史地区に指定されている町、オーロラ(Aurora)。この小さな村と言ってよい町には、アンティークの店が建ち並ぶ。
元々は、1856年にドイツ人を中心としたキリスト教徒のグループが定住したコロニー。
1800エーカーのコロニーにはおよそ600人が住み、独自のルールによって、1883年にリーダーが亡くなるまで栄えた。
コロニーの人口は減ったものの、音楽やテキスタイル、手作り家具、ドイツ料理などでオレゴン州内で良く知られるようになり、現在はコロニー時代の歴史的な家やアンティーク・ショップ、博物館などを訪れるため、多くの観光客で賑わっている。

私たちは開店直後に到着したけれど、すでに観光バスで乗り付けてお客さんが沢山来ていました。
凄く小さな町なので、ポートランドあたりから日帰観光で来る人が多いようです。


さて、ポートランドからコロンビア川に沿って東へ向かう。
コロンビアリバー
カナディアン・ロッキーから流れ出るコロンビア川は、ワシントン州とオレゴン州の境を西へ流れ、太平洋へ注ぎ出る。


オーロラ
風景がドラマチックに変化する、コロンビア川沿いのドライブ。


コロンビアリバー
川には水力発電のダムがあるが、内陸に進むに連れ増える風力発電用の風車がひと際目立つ。
自然エネルギーでいいね!と思ったら、原子力発電所も近くにあるらしい。


そして帰路3日目の夜は、
ワシントン
ワシントン州ワルラ(Wallula)でこの旅3度目のキャンプ。


ワシントン
このキャンプ場は、小川のほとりにあって、


魚も獲り放題。
ワシントン
同じキャンプ場に泊まっていたメキシコ人一家のお父さんも夕食をゲット。
このお父さんの話では、以前ベトナム人の団体さんがやって来て、川の魚を全部獲っていってしまい、その後暫く魚は一匹も居なくなったとか。
アメリカでは、カナダの様な釣りの規制は無いのでしょうか?

とても奇麗に手入れの良く届いたなかなか良いキャンプ場だったのに、真上にある高速道路の騒音と、隣の家族の夜中のパーティとその後の巨大イビキ。そして、発情して一晩中我々のテントの上で雄叫びをあげ続ける鳥のせいで、3時間しか眠る事が出来なかったので、私たちの中では今回の最悪キャンプ場としてインプットされてしまいました。
しかし夫の話だと、真夜中の星空は、天の川がこれまで見た事無い程にクっきりで最高に美しかったらしい。
そんな素晴らしいもの見逃してしまたっなんて! 知らせてくれれば良いものを。
美しい満天の星空見たら、うるさい鳥の雄叫びも許せたかもしれないのに...。

因に、午前3時頃に3度目の断末魔のような絶叫をあげた後、ピタッと鳴きやんだ鳥。私は、我慢ならなくなった誰かがついに捕獲に成功し、首をひねったのではないかと推測。夫は、発情は周期的なもので、3時にようやく鳥も眠りに落ちたのだろうと推測。
真相は不明。

その後の3時間睡眠中の夢は、すべて鳥とこのキャンプ場に関するものだった事は言うまでも無し。

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